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Croce a Tau タウ十字 - アッシジの聖フランチェスコの印

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Crux commissa クルクス・コミッサ / Croce a Tau タウ十字架
アッシジの聖フランチェスコが生涯の印として愛した十字架
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下の動画では、ユネスコの世界遺産登録されている
アッシジ、聖フランチェスコ大聖堂の様子をご覧いただけます。

※ 外部サイト(YouTube)の動画です。動画の著作権は制作者に帰属します。


アッシジ、聖フランチェスコ大聖堂・下部聖堂の内部

タウ(Tau)とは何か
タウ(τ)はヘブライ語アルファベットの最後の文字であり、ギリシャ語アルファベットの第19字、ラテン語のTに相当します。
その形はT字形——縦の棒の頂点に横の棒が渡された形で、上部に突き出た部分を持たない十字架です。
この形の十字架をラテン語で「Crux commissa(クルクス・コミッサ)」、イタリア語で「Croce a Tau(タウ十字架)」と呼びます。


カタコンベに見られるスタウログラム


パピルスに記されたスタウログラム


コンラート・ヴィッツ(Konrad Witz)によるタウ型十字の磔刑図(1410年頃〜1445年頃)

旧約聖書から始まる歴史
タウの象徴としての歴史は旧約聖書にさかのぼります。
預言者エゼキエルの書(9章4節)に、神はこう命じています。
「エルサレムの町を巡り、その住民の中で行われているすべての忌まわしい行為のゆえに嘆き悲しむ人々の額にタウの印をつけよ」——タウの印を額に持つ者は救われる、という救いの象徴として描かれています。

初期キリスト教徒たちはこのタウを即座に受け入れました。
その形がキリストが磔にされた十字架を連想させたからです。
ローマ時代の処刑では、罪人は背後に横木を縛りつけられ、処刑場で縦木に吊り上げられました。
その形がまさにタウの文字に重なります。
こうしてタウは、キリストの犠牲と復活による救いの象徴として、初期の教会やローマのカタコンベにも刻まれていきました。


サン・アントニオ・ディ・ヴィエンヌ修道会の正規参事会員(修道服姿)


サン・アントニオ修道士(1460年代の木版画/同修道会のマント着用)

聖フランチェスコとタウ
1215年、法王インノチェンツォ3世は第4回ラテラノ公会議の開幕に際し、エゼキエル書のタウを引用して説教を行いました。
「タウの印を持つ者は、その生涯においてキリストの十字架の輝きを体現する者だ」と力強く語りかけました。

その場に居合わせたとされるアッシジのフランチェスコ(1182〜1226年)は、この瞬間に深く心を動かされました。
以来タウは彼の個人的な印・署名となりました。フランチェスコは手紙を書くたびにタウを署名として用い、行動を起こすたびにこの印から始め、壁にも自らの体にも描きました。
アッシジのサン・フランチェスコ聖堂の遺物礼拝堂に保存されている「兄弟レオーネへの祝福」の手紙には、フランチェスコ自身がタウを署名として記した実物が現存しています。

聖フランチェスコが晩年に受けた聖痕(stigmate)——キリストの五つの傷と同じ傷が彼の体に現れた奇跡——は、タウを生涯愛し続けた彼自身がついにタウそのものになった、とフランシスコ会では語り継がれています。

フランシスコ会の象徴として
今日、フランシスコ会の修道士・修道女・信徒はタウ十字架を身につけます。
伝統的にはオリーブの木から作られます。
木は清貧の象徴であり、神の言葉によって日々形作られていく信者の姿を表します。
タウには三つの結び目を持つ縄が結ばれることが多く、これはフランシスコ会の三つの誓願——清貧・貞潔・従順——を意味します。

タウはお守りでも幸運のシンボルでもありません。
キリスト者としての信仰の誓い、神の言葉への従順、そして日々の生活においてキリストに倣うことへの意志の表明です。

建築とタウ
タウはキリスト教建築にも受け継がれています。
アッシジのサン・フランチェスコ聖堂下堂、フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂、フィレンツェのサンタ・クローチェ聖堂、バーリのサン・ニコラ聖堂などは、いずれも平面図がタウ型(T字型)の設計で建てられています。

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