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La Pavoni ラ・パヴォーニ

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La Pavoni(ラ・パヴォーニ) 歴史と伝統 ― エスプレッソを形にしたブランド

目次
- ラ・パヴォーニ(La Pavoni)
- 歴史と伝統 ― エスプレッソを形にしたブランド
- 創業の地・ミラノ 1905年
- 1905年|La Pavoni誕生 ― 伝説の始まり
- Ideale(イデアーレ)
- 戦禍のミラノ ― 1943年
- 1948年|横型ボイラーの革命
- 1956年|熱狂とデザイン
- 1961年|現代への革命
- 2016年|新たな時代

La Pavoni(ラ・パヴォーニ) 歴史と伝統 ― エスプレッソを形にしたブランド

La Pavoni(ラ・パヴォーニ)
歴史と伝統 ― エスプレッソを形にしたブランド

情熱、伝統、そして創造性。
これらこそがLa Pavoniを象徴する価値観です。
La Pavoniは1905年の創業以来100年以上にわたり、エスプレッソマシンの製造を使命として歩み続けてきました。その歴史そのものが、世界中でLa Pavoniの名を確立しています。

La Pavoniは創業当初から、大量生産市場の基準には決して迎合せず、一貫して高品質な製品づくりに注力してきました。その品質は世界的に高く評価されています。
また、高度な技術力と外観デザインへの徹底したこだわりは、初期モデルの時代から常に両立されてきました。

La Pavoni(ラ・パヴォーニ) 歴史と伝統 ― エスプレッソを形にしたブランド

La Pavoni(ラ・パヴォーニ) 歴史と伝統 ― エスプレッソを形にしたブランド


創業の地・ミラノ 1905年
1905年、ミラノのパリーニ通り(via Parini)にある小さな工房で、エンジニアのデジデリオ・パヴォーニが、後に世界初のバール用エスプレッソマシンとなる装置の開発に取り組みました。

この節目を記念して制作されたLa Pavoniのモノグラフは、100年に及ぶLa Pavoniの冒険と革新の歩みを紹介しています。

1905年|La Pavoni誕生 ― 伝説の始まり
La Pavoniは1905年、デジデリオ・パヴォーニによってミラノで創業されました。
最初の発明はポルタフィルターであり、そこから誕生したのが、世界初のエスプレッソマシン
「Ideale(イデアーレ)」です。

Ideale
世界初のバール用エスプレッソマシン
初めて量産・商業化されたエスプレッソマシン
として、イタリア式エスプレッソ文化をヨーロッパ、そして世界へと広める大きな役割を果たしました。


初期モデルの特徴
初期のイデアーレは縦型構造で、
ガスバーナーによって加圧されるボイラー
クロームメッキされた真鍮素材
を採用していました。
当時の販売ペースは1日1台というものでしたが、それでも革新的な存在でした。

戦禍のミラノ ― 1943年 しかし、La Pavoniの歴史は、決して順風満帆なものではありませんでした。  風景は一変します。 アルキメーデ通り(via Archimede)に面した同じ建物の外観は、爆撃によって無残にも破壊されています。 屋根を吹き飛ばされた建物を上空から捉えた写真――それは、数多く破壊された建物の一つにすぎません。  写真家の視線はさらに内部へと踏み込みます。 ほんの数ページ前まで整然とし、静けさを湛えていた工房や作業場は、今や瓦礫に埋もれ、かろうじて原形をとどめているだけです。 崩れた壁や木片の間から、旋盤工場だったことが分かります。工具や機械部品が、無秩序に散乱しています。  とりわけ衝撃的なのは製品部門の光景です。 La Pavoniのマシンは、なおも並んだまま、なおも認識できる姿でそこにあります。 豪華な装飾を施した「ギガンテ・ルッソ」、六角形モデル、四角形モデル――それらは粉塵の中から、まるでオベリスクのように立ち上がっています。  ほんの数ページ前に誇らしげに紹介されていた、あの同じマシンたち。 今は破壊され、辱められています。  ミラノ全体が破壊され、蹂躙されました。 これらの写真のキャプションには、こう記されています。 「爆撃後のミラノ ― 1943年8月15日」。  爆撃はあまりにも凄惨で、都市からあらゆる生命の痕跡を永遠に消し去ってしまったかのようでした。 その頃、詩人サルヴァトーレ・クアジーモド(Salvatore Quasimodo)は、詩「ミラノ、1943年8月」を書いています。  それでも―― La Pavoniの精神とエスプレッソ文化は、瓦礫の中から再び立ち上がります。

イデアーレの工場の様子

戦禍のミラノ ― 1943年 しかし、La Pavoniの歴史は、決して順風満帆なものではありませんでした。  風景は一変します。 アルキメーデ通り(via Archimede)に面した同じ建物の外観は、爆撃によって無残にも破壊されています。 屋根を吹き飛ばされた建物を上空から捉えた写真――それは、数多く破壊された建物の一つにすぎません。  写真家の視線はさらに内部へと踏み込みます。 ほんの数ページ前まで整然とし、静けさを湛えていた工房や作業場は、今や瓦礫に埋もれ、かろうじて原形をとどめているだけです。 崩れた壁や木片の間から、旋盤工場だったことが分かります。工具や機械部品が、無秩序に散乱しています。  とりわけ衝撃的なのは製品部門の光景です。 La Pavoniのマシンは、なおも並んだまま、なおも認識できる姿でそこにあります。 豪華な装飾を施した「ギガンテ・ルッソ」、六角形モデル、四角形モデル――それらは粉塵の中から、まるでオベリスクのように立ち上がっています。  ほんの数ページ前に誇らしげに紹介されていた、あの同じマシンたち。 今は破壊され、辱められています。  ミラノ全体が破壊され、蹂躙されました。 これらの写真のキャプションには、こう記されています。 「爆撃後のミラノ ― 1943年8月15日」。  爆撃はあまりにも凄惨で、都市からあらゆる生命の痕跡を永遠に消し去ってしまったかのようでした。 その頃、詩人サルヴァトーレ・クアジーモド(Salvatore Quasimodo)は、詩「ミラノ、1943年8月」を書いています。  それでも―― La Pavoniの精神とエスプレッソ文化は、瓦礫の中から再び立ち上がります。

戦禍のミラノ ― 1943年 しかし、La Pavoniの歴史は、決して順風満帆なものではありませんでした。  風景は一変します。 アルキメーデ通り(via Archimede)に面した同じ建物の外観は、爆撃によって無残にも破壊されています。 屋根を吹き飛ばされた建物を上空から捉えた写真――それは、数多く破壊された建物の一つにすぎません。  写真家の視線はさらに内部へと踏み込みます。 ほんの数ページ前まで整然とし、静けさを湛えていた工房や作業場は、今や瓦礫に埋もれ、かろうじて原形をとどめているだけです。 崩れた壁や木片の間から、旋盤工場だったことが分かります。工具や機械部品が、無秩序に散乱しています。  とりわけ衝撃的なのは製品部門の光景です。 La Pavoniのマシンは、なおも並んだまま、なおも認識できる姿でそこにあります。 豪華な装飾を施した「ギガンテ・ルッソ」、六角形モデル、四角形モデル――それらは粉塵の中から、まるでオベリスクのように立ち上がっています。  ほんの数ページ前に誇らしげに紹介されていた、あの同じマシンたち。 今は破壊され、辱められています。  ミラノ全体が破壊され、蹂躙されました。 これらの写真のキャプションには、こう記されています。 「爆撃後のミラノ ― 1943年8月15日」。  爆撃はあまりにも凄惨で、都市からあらゆる生命の痕跡を永遠に消し去ってしまったかのようでした。 その頃、詩人サルヴァトーレ・クアジーモド(Salvatore Quasimodo)は、詩「ミラノ、1943年8月」を書いています。  それでも―― La Pavoniの精神とエスプレッソ文化は、瓦礫の中から再び立ち上がります。
戦禍のミラノ ― 1943年
しかし、La Pavoniの歴史は、決して順風満帆なものではありませんでした。

風景は一変します。
アルキメーデ通り(via Archimede)に面した同じ建物の外観は、爆撃によって無残にも破壊されています。
静けさを湛えていた工房や作業場は、今や瓦礫に埋もれ、かろうじて原形をとどめているだけです。

崩れた壁や木片の間から、旋盤工場だったことが分かります。工具や機械部品が、無秩序に散乱しています。

とりわけ衝撃的なのは製品部門の光景です。
La Pavoniのマシンは、なおも並んだまま、なおも認識できる姿でそこにあります。
それらは粉塵の中から、まるでオベリスクのように立ち上がっています。

ミラノ全体が破壊され、蹂躙されました。

爆撃はあまりにも凄惨で、都市からあらゆる生命の痕跡を永遠に消し去ってしまったかのようでした。

その頃、詩人サルヴァトーレ・クアジーモド(Salvatore Quasimodo)は、詩「ミラノ、1943年8月」を書いています。

それでもLa Pavoniの精神とエスプレッソ文化は、瓦礫の中から再び立ち上がります。

 

1948年|横型ボイラーの革命
1948年、La Pavoniは初の横型ボイラー搭載マシンを発表します。
この画期的なモデルは、
ジョ・ポンティ、アントニオ・フォルナローリ、アルベルト・ロッセッリ
というイタリア工業デザイン界を代表する人物たちの協業によって誕生しました。

モデル名は「LA CORNUTA(ラ・コルヌータ)」。
円筒形ボイラーから前方へ突き出した抽出グループが特徴で、その外観からこの名が付けられました。

1948年|横型ボイラーの革命 1948年、La Pavoniは初の横型ボイラー搭載マシンを発表します。 この画期的なモデルは、 ジョ・ポンティ、アントニオ・フォルナローリ、アルベルト・ロッセッリ というイタリア工業デザイン界を代表する人物たちの協業によって誕生しました。  モデル名は「LA CORNUTA(ラ・コルヌータ)」。 円筒形ボイラーから前方へ突き出した抽出グループが特徴で、その外観からこの名が付けられました。

ラ・コルヌータ


1956年|熱狂とデザイン
1956年には、
ブルーノ・ムナーリ(Bruno Munari)とエンツォ・マーリ(Enzo Mari)によるプロジェクトが始動。
このモデルでは、幾何学的でモジュール化されたデザイン、複数グループ構成を可能にする設計、カラーコーディネートを強調した外装、が特徴となり、機能性とデザイン性の融合がさらに進化しました。1961年|現代への革命 1961年、アルベルト・ロッセッリ(Alberto Rosselli)とアンジェロ・ティート・アンセルミ(Angelo Tito Anselmi)の協力により、モデル「BRASILIA」が誕生します。 同年、La Pavoniはもう一つの大きな革新を成し遂げました。 ミラノの職人のアイデアをもとに、家庭用初の電動エスプレッソマシンを発売します。

ブラジリア

 

1961年|現代への革命
1961年、アルベルト・ロッセッリ(Alberto Rosselli)とアンジェロ・ティート・アンセルミ(Angelo Tito Anselmi)の協力により、モデル「BRASILIA(ブラジリア)」が誕生します。
同年、La Pavoniはもう一つの大きな革新を成し遂げました。
ミラノの職人のアイデアをもとに、家庭用初の電動エスプレッソマシンを発売します。

それが、EUROPICCOLA(エウロピッコラ)
家庭にいながら、バールと同じエスプレッソや温かい飲み物を抽出できる革命的なマシンでした。

このEuropiccola Professionalエウロピッコラ・プロフェッショナル)(1961年製)は、1974年からニューヨーク近代美術館(MoMA)に展示されています。

1961年|現代への革命 1961年、アルベルト・ロッセッリ(Alberto Rosselli)とアンジェロ・ティート・アンセルミ(Angelo Tito Anselmi)の協力により、モデル「BRASILIA」が誕生します。 同年、La Pavoniはもう一つの大きな革新を成し遂げました。 ミラノの職人のアイデアをもとに、家庭用初の電動エスプレッソマシンを発売します。  それが、EUROPICCOLA(エウロピッコラ) 家庭にいながら、バールと同じエスプレッソや温かい飲み物を抽出できる革命的なマシンでした。  このEuropiccola Professional(1961年製)は、1974年からニューヨーク近代美術館(MoMA)に展示されています。

 

エウロピッコラ・プロフェッショナル(1961年製)


製品ラインの拡大
時代とともにLa Pavoniの製品ラインは拡大し、家庭用、業務用の両方に対応するラインナップを展開。

伝統的なレバーマシン、セミオートマシンに加え、電子制御モデル(定量抽出)、全自動モデル(カプチーノやエスプレッソを自動抽出)へと進化していきました。


2016年|新たな時代
2016年、La Pavoniは、Esperto(エスペルト)シリーズを発表。

これはエスプレッソ専門家向けの競技レベルのレバーマシンであり、
家庭用レバーマシンとして最先端の設計です。

高級素材の採用
レバー操作による抽出圧の常時モニタリングを可能にしました。

これにより、再現性の高い抽出カーブを使った、高度にカスタマイズされたエスプレッソが、要求の高いユーザーにも提供できるようになりました。

La Pavoniとは
La Pavoniは、エスプレッソ文化そのものを形にし、守り、進化させてきたブランドです。

1905年のIdealeから、Europiccola、そしてEspertoへ。La Pavoniの歴史は、技術・デザイン・情熱が融合したエスプレッソの歴史そのものです。

 2016年|新たな時代 2016年、La Pavoniは、Esperto(エスペルト)シリーズを発表。  これはエスプレッソ専門家向けの競技レベルのレバーマシンであり、 家庭用レバーマシンとして最先端の設計  高級素材の採用 レバー操作による抽出圧の常時モニタリングを可能にしました。  これにより、再現性の高い抽出カーブを使った、高度にカスタマイズされたエスプレッソが、要求の高いユーザーにも提供できるようになりました。

エスペルト

 

現在、La Pavoniのエスプレッソメーカー本体は、
メーカーの販売方針や流通体制、ならびに保証・安全基準(電圧・PSE等)に関する制約により、
イタリアから日本への販売ができない状況となっております。

なお、La Pavoni純正および対応アクセサリーにつきましては、日本向けに販売しておりますので、ぜひご覧ください。

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